私は天使なんかじゃない
ミディア
その街は放射能と圧政で死に掛けていた。
絶望を希望へと変えるモノがある。
それを求める者達がいた。
決して不正義ではない。
問題はその為の手段。
ピット。ミディアの家。
私は指示されるままに彼女の家の中にいた。椅子に座り彼女の話を聞いている。
今すぐにはメガトンに帰れない。
ほんのちょっとミディアとワーナーの手駒でいる必要がある。
その後?
それはこいつらの態度次第ね。
ピットの状況はよく分かるけど勝手に拉致って連れてくるのは問題ありだ。
「まずはこれを返すわ」
「まずは?」
「ええ。武器とかアーマーはまだジェリコから届けられてないからね」
「ジェリコとこの街は何の関係があるの?」
「ないわ。ワーナーにキャピタル・ウェイストランドで雇われたそうよ、ジェリコ。今では私とワーナーを繋ぐ伝令ね」
「ふぅん」
PIPBOY3000を左腕に装着させながら私は思うのは、ワーナーはここには顔を出していないという事だ。
ちっ。顔を出すならフルボッコにしてやるのに。
まあ、あいつはお尋ね者だろうししばらくは会えなさそうね。
つまり。
つまりそれまではミディアに付き合う必要があるってわけだ。
やれやれだ。
「これを腕に巻いといて」
布切れを私に手渡すミディア。
なるほど。
左腕に装着したPIPBOY3000が目立たないようにする為か。なら返すなよ、とも思うけど今後の展開にこれが必要だとミディア達は踏んでいるのだろう。
私としても助かる。
これがあるとないとでは展開が大きく変わるからだ。
「それでは話を進めましょう」
「奴隷にしては高待遇ね」
「えっ?」
「この部屋よ」
「私は仲間達の、つまり、奴隷達の仕事のノルマや配置を管理してるの。現場労働者より確かに厚遇されてるけど、奴隷は奴隷よ」
「ふぅん」
少なくともノラやアダン、カイのように放射能汚染の影響はなさそうだ。
何か薬でも摂取してるのかな。
「話を進めるわ」
「どうぞ」
「私とワーナーはアッシャーのパレスに辿り着けるように計画しているわ。けど、今は待って。しばらくは奴隷の振りをしてて欲しいの」
「そもそもピットは何?」
「説明はなしよ」
なにぃー?
ワーナーもワーナーなら、こいつもこいつだ。
何なんだ。
何なんだーっ!
困った顔してれば誰でも同情して助けるのが当然だと思ってるのか、何か腹立つぞ、強制連行されたようなもんだしっ!
うがーっ!
「いいから忙しそうな素振りをしてっ! そうじゃないとあっという間に感づかれるわよ。そんな綺麗な肌してるんだから、ちょっと怪しめば誰だって
奴隷じゃないって気付く。そしたら皆が危険に晒されるのよ、分かってるの?」
「すいませんね分かってませんでした」
「貴女ここに遊びに来たの?」
「拉致られました。そこに私の意志なんて皆無でした。……これからは、皆さんの為を思いつつ拉致られますよ」
皮肉ぐらい言わせてくれ。
ただミディアはそれを一切無視した。
なかなか良い性格してますよ。
「で? 仕事って何?」
「工場の外には古い鉄のインゴットが沢山転がってるわ。作業長はたまにその鉄の回収を命令してくるの」
「拾ってくればいいわけ?」
「その命令は死の宣告に等しいわ」
「ふぅん。そうなんだ」
「そうよ」
「スーパーミュータントでも徘徊してるの?」
「スーパーミュータントて何なの?」
「へっ?」
知らないらしい。
ふぅん。
どうやらこの近辺は連中の勢力範囲ではないのか。
……。
……まあ、そもそもここがキャピタル・ウェイストランドとどの程度離れているのかすら私には分からない。向こうの常識はここでは通じない模様。
まあいいさ。
だけど危険だというぐらいなんだから、工場の外には何かがいるのだろう。
そしてそれは物騒な奴。
そうに決まってる。
「トロッグの巣窟なのよ」
「トロッグ」
「そうよ」
「それって何?」
「トロッグになりたいって人はいないでしょうね。汚染の影響は誰にでも見られるわ。一番多いのがガンで、無害なガンも有害なガンもあるの。人に
よっては汚染で正気を失うのよ。汚染は命を奪わずに体を変化させるわ」
「変化?」
「そう。人間を歪な猛獣に変えてしまうの。おぞましいわ。……トロッグはどこにでもいて、すぐに襲ってくるのよ」
「そこで私は仕事をするわけよね?」
「そうよ。その仕事が、一番人に接しないで済むの」
「武器はないの?」
「ナイフならあるわ」
「ナイフねぇ」
「仕方ないじゃない。奴隷は銃を持てないんだから」
何もないよりはマシか。
私はナイフを受け取る。トロッグがどんなのかは知らないけど、まあ、何とかなるだろ。私は主人公だし。
武器を腰に帯びる。
少し雑談しようかな。相手の事が分からないと溝は埋まらない。
別に無理に埋めるつもりはないけどしばらくこの街のゴタゴタに付き合うのだ。
話をしよう。
「ミディア、ここで生まれたの?」
「そうよ。私はここで生まれてここで死ぬ、多分ね。生まれた時からアッシャーの奴隷ってわけ。けど、けどワーナーが治療法の秘密を探って私達にそれ
を投与してくれる。そしたら、いつかきっと立場が逆転する。その思いだけを支えに生きてきたわ」
「ワーナーねぇ」
どこまで信用できるやら不明だけどね。
奴の真意も不明。
ミディアは話を続ける。
「私は天罰の直後に生まれたの」
「天罰?」
なんだそりゃ。
「今でもピットの街は充分に酷いけどアッシャーの前の時代がどれだけ悲惨だったのか想像もつかないわ」
「ふぅん」
「子供の時に聞いたワイルドマンやトロッグの話なんて死ぬほど怖かった。だけど今はアッシャーが街を支配しているから、レイダーどもを統括して
いるから街にいる限りは怯える必要もない。たまに、たまにだけど、アッシャーがいた方が幸せなのかもって思うわ」
「なるほどね」
観点は色々だ。
支配者だからって必ずしも全てが悪というわけではない。どんなに圧政を強いる支配者でも、その者に力がある限りはある程度の安全は保証される。
何故なら力があるからだ。
アッシャーとかいう奴を倒したらその法則が崩れる。
その時この街はさらなる動乱に包まれるだろう。
支配者を倒して街は平和になりました、めでたしめでたし……なんとメルヘンは存在しない。
ワーナーがこの街を統括出来るようには見えないけどなぁ。
その時……。
「どういう事だミディア? こいつは何者だ? ……奴隷にしちゃ肌が綺麗だが……」
1人のレイダーが入って来た。
レダップとかいう奴ではない……と思う。レイダーは似通っていて区別が付け難い。一山幾らな顔してるし。レイダーは全部同じ顔に見える。
ミディアは突然の訪問者に怯えた。
ふぅん。
おそらくミディアはレイダー達に、つまり支配層に睨まれているのだろう。
ワーナーの同調者として見られてるのかな?
この街の事はまだよく分からないから何とも言えないけどさ。
「こいつは誰なんだ、ミディア?」
「な、何でもないんです。その、私はただ、ここでの仕事をこの新人に教えようと思って」
「ああ、そうか。じゃああいつがスチールヤードに行く奴なのか。……行かせるには勿体無い肌してるよな。ちょっとこの奴隷貸してくれないか?」
「これからこの子は仕事ですので」
「いいじゃねぇか。死ぬ前に良い思いをこいつもしたいだろうよ。へへへっ!」
はぁ。
内心で溜息。
下品な奴しかいないのか、ここには。
レイダーの腰のホルスターには32口径ピストルがある。
チャ。
私はそれを何気ない自然な動きで引き抜く。レイダーもミディアも『何しているのだろう?』という感じの表情だ。奴隷が銃を奪うという行為に慣れて
いないし想定さえしていないのだろう。もしかしてここのレイダーって戦闘は素人なのかな。
私を前にしての油断はするもんじゃないわよ?
甘い。
実に甘い。
ばぁん。
私は躊躇いもなく引き金を引いた。
至近距離の一撃だ。
レイダーの頭が吹っ飛んだ。
ドサ。
その場に引っくり返る肉塊。
私は男の持ち物の中から弾丸を奪い取る。これで何とか銃を確保出来た。この時、ようやくミディアが我に返った。
「な、何て事したのっ!」
「女性の敵を始末した。それだけよ」
「馬鹿言ってるんじゃないわよっ! この事が知れたら……っ!」
「どうなるの?」
「私もあんたも殺されるわっ!」
「それは大変ね」
「冗談じゃないのよっ!」
「じゃあ秘密裏に死体の始末をよろしく。これでお互いに危険を共有する立場になれたわね。これでようやく仲間。そうじゃない?」
「な、何ですって?」
「仲間っていうのは互いに助け合わなきゃね。利用されるだけの関係って嫌いなの。さあ、お互いに助け合いましょう。私は仕事、あなたは死体処理」
「ワーナーの計画がなかったらあんたを殺してるわっ!」
「そりゃ失礼」
何も明かされずに、何も共有せずに『手駒でいろ』的な発想をする方が悪い。
私には意思がある。
それを無視したような振る舞いの多いワーナーの仲間に非難される覚えはない。
「じゃあ仕事に行ってくるわ。死体の処理をよろしく」
「……」
「ミディア」
「……わ、分かったわよ。トロッグに気をつけてね」
「はーい」
よしよし。
私のペースになってきたわね。
いずれはグリン・フィス達が迎えに来るだろう。ならばそれまでは流れを楽しむとしよう。
利用されるのは嫌い。
だけど自分の意思で舞うのであれば、それはそれでいい。
ピット滞在を楽しむとしよう。
「トロッグか。見てみたいな。パパへの土産話にもなるし」
スチールヤードへ。